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感音難聴の新規病態に基づいた治療法の開発2021/08/02 【研究成果】


以下の研究成果はFrontiers in Cellular Neuroscience誌(2020年11月17日付)やMolecular brain誌(2021年7月3日付)に掲載されました。

 加齢性難聴や騒音性難聴などの感音難聴は極めて罹患率が高く、誰もが発症する可能性がある病気です。難聴の原因として最も多い非常にありふれた病気なのですが、近年になり難聴は社会問題でもある認知症の最大のリスク因子であることが報告されたことから、感音難聴への対策の重要性が認知されるようになってきました。しかしながら厄介なことに、ほとんどの感音難聴には有効な治療方法はなく、補聴器などの補助装用具による効果も限定的です。当研究室では以前からこの感音難聴に対する治療法の研究を行っていました。
 私達の耳は外耳、中耳、内耳から構成されていて、さらに内耳は平衡感覚を司る半規管と、音を受容する蝸牛に分かれています。蝸牛では有毛細胞が音の振動を電気信号に変換するとともに、有毛細胞-聴神経間シナプスを介して聴神経にこの電気信号を伝達しています。そして、この聴神経を介して中枢に音の信号が伝えられていくことで、私達は音を認識します。
 感音難聴は蝸牛に存在する有毛細胞やシナプス、聴神経などに障害が起こることで発症します。特に有毛細胞は内耳に特有の細胞であり、その特徴的な形態と機能から、感音難聴の研究で最も注目されていました。しかしながら近年になりcochlear synaptopathy(蝸牛シナプス病理)という新しい病態が報告され、感音難聴の初期段階では有毛細胞よりも聴神経やシナプスの方が障害されやすく、聴神経・シナプスが感音難聴の成因として重要であることが明らかとなってきました。これはすなわち、聴神経・シナプスが治療ターゲットして重要性が高いことを暗示しています。
 当研究室では現在、中枢神経系・末梢神経系での神経・シナプスの再生・保護効果が報告されているROCK阻害薬に着目し、感音難聴の成因であるcochlear synaptopathyに対する有効性についての研究を行っています。マウスから蝸牛を取り出して培養する器官培養という手法を使い、薬剤で聴神経・シナプスを傷害したのちにROCK阻害薬を作用させることで、一度消失した聴神経・シナプスが再形成する可能性を示しました1。さらに、成体のマウスを使用してcochlear synaptopathyの状態を再現したモデルにROCK阻害薬を局所投与することで、聴神経・シナプスの再形成のみならず、聴覚機能にも改善がみられる可能性が示されました2。有効な治療法の存在しない感音難聴に対して、新規の病態概念に基づいた新しいアプローチ方法によって、その治療可能性を示すことが出来たのがこれらの研究の意義ではないかと考えています。

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図1 聴神経障害に対するROCK阻害薬の効果
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図2 ROCK阻害薬投与後のABR第I波再増大

 参考文献 

1. Koizumi et al. Regenerative Effect of a ROCK Inhibitor, Y-27632, on Excitotoxic Trauma in an Organotypic Culture of the Cochlea. Front Cell Neurosci. 2020. 14:572434.
2. Koizumi et al. Y-27632, a ROCK inhibitor, improved laser-induced shock wave (LISW)-induced cochlear synaptopathy in mice. Mol Brain. 2021. 14(1):105.